元ロボット開発者がつくる進化し続けるラーメン
ゴールは決めない
到達した途端につまらなくなるから
無気力を乗り越え
大学へ進学
お小遣いを握りしめ、駅まで向かう。ひとまず片道分の切符を買い、小学生の笈木裕治(おいきゆうじ)さんは気が向くままに出掛けていった。
「行った先に目的地なんてなかったですよ。駅を降りて、なんとなく面白そうな方向へ歩いていきました。何度も警察にお世話になり、両親に連れ帰られた記憶がありますね。中学生になって以降も、そんな目的地のない旅を続けていました」。
そう苦笑いする笈木さんを見ていると、この店で出されるラーメンの謎が全て解けたような気がした。
「ラーメン無法松」の創業は2003年。店主・笈木さんはロボット製造メーカーでの勤務を経て、北九州市小倉北区に店を構えた。
「前の会社では、産業ロボットの企画・開発、及び製造に携わっていました。作業の効率化を図るロボットを企業にプレゼンテーションし、導入してもらえるように交渉していたんです。どうすればより良いロボットが創れるか、連日、夜中まで仲間たちと意見を交わしていましたね」。
世界にも名前が知られたその企業は、その就職においても当然ながら狭き門だったが、笈木さんは見事、そのイスを勝ち取った。
てっきり勉強一色の人生かと思って幼少期からの話を聞いたが、投げかける質問はどれも肩透かし。
「中学校まではプロを目指して野球一色の人生でした。父が元々、社会人野球からプロに進もうとしていた人物でしたから、息子への期待が大きかったですね。ただ、中学生で肩を壊してしまって、夢は叶えられませんでした」。
脇目も振らず野球にのめり込んだ分、勉強は全くしていなかったという笈木さん。夢が断たれて以来、何にも身が入らず、「宙ぶらりんな状況だった」のだという。
高校に入ってもそんな調子だったが、2年生になったある日、笈木さんにスイッチが入った。「このままではダメだ。自然とそう思ったんです。今思えば、やっぱり小学生の頃から旅をしていたのが良かった。目的地がない旅は決断の連続。精神的な逞しさが養われました」。
人生における迷子のような状況を、培ってきたタフさが切り開く。猛勉強の末、希望した大学に合格し、理系の学部へと進む。
大学に入ると、笈木さんはその眠れる才能を開花する。「勉強ってものをちゃんとやってこなかったので、思考回路が周りとちょっと違っていたんですよね」。例えば、物理の公式を解く際、普通ならAという数式を使うところ、笈木さんはまったく別のZという数式を使って解いてみせた。
「本能的にそのほうが解きやすいと思ったんですよ。答えは合っているのに、その過程が全く予想しないものだったから、教授たちも随分と驚いていましたね」。このような例は枚挙にいとまがない。
ラーメンは自由
これを突き詰めたい
ロボット製造メーカーに入社した笈木さんは、持ち前のアイデア、そして限界を知らない追求心で、入社から、数々のプロジェクトに携わった。守秘義務によって、ここではその詳細を明かせないが、その成果によってウン億円の売上に貢献した実績もある。
だが、仕事が評価される一方、独特な仕事の進め方をとる笈木さんは会社の中でも異端児で、ついには上司から周囲と足並みを揃えるよう、忠告を受ける場面も出てきた。
「とてもやりがいがある仕事でした。まだ誰も成し得ていないロボットの開発はエキサイティングでしたし、そんな挑戦が楽しかったですね。給料だって良かったですし。やけど、次第に置かれる立場が窮屈になっていったんです」。
別のことをしようとした際、真っ先に頭に浮かんだのがラーメンだ。実は笈木さんは昔から旅に出る際、好んで各地のラーメンを食べていた。行く土地ごとに、まるで違う味に出会えるところに面白さを覚えていたのだ。
「インターネットもなかった時代でしょ。やから行く先々で『ラーメンの美味しい店、知りませんか?』って聞いていたんです」。
ラーメンの経験値が上がっていくにつれて、笈木さんはもっと美味しくするための改善ポイントを、誰に頼まれるわけでもなく考えるようになる。「醤油のタレをもっと効かせたほうがいい」「隠し味に〜を入れたらどうだろうか」というように、毎回、食べながら頭の中でシミュレーションした。
稀に店の人と話すと、隠し味に酒や牛乳、ワインなど、思いがけない食材を入れていることを教えてもらい、度々、衝撃を受けたのだという。
「気がつけば、ラーメン=自由、なんの縛りもない食べ物なんだという意識が形成されていました。ロボットの開発にもルールはありません。ロボットもラーメンも同じだと思えたんです。人生の岐路に立ち、ラーメンを突き詰めてみたいと気持ちが固まりました」。
ラーメンづくりに
目的地は決めない
笈木さんにとってラーメンづくりは、つまり研究だ。スープは「日本酒のように、余韻まで楽しめる味。そして食べているうちにコクが増していくラーメン」を目指す。
その材料の一つ、豚骨を例に挙げても、出汁がよく出る骨を見極め、自身が定める基準に達するものだけを仕入れるという徹底ぶりだ。
「豚も人間も一緒。怠ける者もいれば、働き者もいる。良い骨じゃないと味が出ないんです。骨を見続けていると、だんだんその豚の性格が分かってきますよ」。
ラーメンの心臓にあたる元ダレはこれまで数えきれないほど試行錯誤した。うま味調味料に頼ることなく、素材の魅力を最大限に引き出し、味を調えている。
また、仕込みに用いる水においても硬水、軟水など4種を織り交ぜるという気合いの入りようだ。
麺においても一切の妥協がない。小麦粉の部位ごとに異なる特徴を把握し、製麺所と膝を突き合わせて完成させた特注だ。
ロボットづくりとラーメンづくりに共通点はあるのか。
「全てじゃないですかね。ロボット製造メーカーにいた時は実感しませんでしたが、ラーメンの世界に入った時、『ああ、今までの人生が全て役立っている』と思え、一人、感激しましたよ」。
今でも週に3日は仕込みのために徹夜するという笈木さん。大変ですねというこちらの言葉に、笑ってこう返した。
「それがね、一向にそう思わない。明日は今日よりも美味しくできるかな。毎日、そうやってワクワクしているから。ラーメンも目的地、つまりゴールを決めていないんです。到着した瞬間、つまんなくなっちゃうから」。
text:Yuichiro Yamada [KIJI] /
取材協力:ラーメン 無法松
DATA
店舗情報
ラーメン 無法松
〒802-0045
福岡県北九州市小倉北区神岳2-10-24
- 電話
- 093-533-6331
- 営業時間
- 11:00~21:00 ※売り切れ次第終了
- 定休日
- 水曜
WRITER
山田 祐一郎
日本で唯一のヌードルライターとして活動。著書に「うどんのはなし 福岡」。2017年に麺索アプリ「KIJI NOODLE SEARCH」をリリースした。モットーは1日1麺。
webサイト[KIJI]http://ii-kiji.com/では日々の食べ歩きを記録したwebマガジン「その一杯が食べたくて。」も連載中。