労災の当事者になってしまった経験がある、猫野きなこです。
労災は企業によって『労災が使えない暗黙のルール』があります。
しかし私は新人の頃、そんなルールも知らずに仕事中に労災を起こしてしまいました。
今回は、労災が使えないブラック企業と知らずに労災を使ってしまった流れと、その後の会社の対応について漫画とともに紹介します。
労災が起こったきっかけ
労災が起こったのは作業中の現場を見に行った時、仕事を依頼している親方さんに「ちょっと見てほしい場所がある」と言われたのがきっかけです。
親方さんは「ちょっとすぐそこを見てほしいだけだから」と言ってヘルメットをかぶらずに足場の中へ入っていきました。私は車の中にヘルメットを置いてきていて、徒歩で往復5分位かかる場所に車を止めていました。
取りに行こうか迷っていると親方さんが「今日は時間がないから早くしてくれ」と急かしてきたので、足元に注意しながらノーヘルで足場の中に入りました。
すると私のおでこに激痛が走りました。足元ばかり見ていたらちょうどおでこの位置に足場の爪と呼ばれる金具が通路に出ていたのです。あまりの痛みに尻もちをついてしばらくうずくまってしまいました。
親方さんは「頭ぶつけたのか」と聞いてきましたが、「早くこっちに来い」と事務的に呼ばれました。その後、打ち合わせが終わっておでこに汗が出ているのを感じ、手で拭ってみたら血がついていました。さっき足場でぶつけたおでこが切れてしまっていたのです。
出血量はたいしたことありませんでしたが、頭部をかなり強打したので後遺症が心配になりました。
仕事中に病院に行くことになるので、総務の武藤さんがいる〇〇支店に電話をかけて許可をもらうことにしました。
電話で「さっき足場に頭をぶつけて血が出たので病院に行ってもいいですか」と訪ねたら、武藤さんはびっくりした様子で「大丈夫?」と聞いてきました。「一応診てもらおうと思います」と伝えると「そうだね。お大事に」と言われたので電話を切って近くの病院に向かいました。
その後〇〇支店が労災でパニックになるとは夢にも思いませんでした。
労災で診察してもらった結果
近くの病院で診察してもらった結果、「おでこの位置は頭蓋骨が硬いから大丈夫」と言われて、消毒と絆創膏だけで3分位で終了しました。
わざわざ病院に来た意味がなかったなと思いながら、自分が勤務している△△事務所へ帰ることにしました。その時、病院で携帯の電源を切っていたのを忘れたままだったのですが、総務の武藤さんが私に詳しい状況を聞こうと何度も電話をかけていたそうです。
電話が全くつながらないので、「頭を打って意識不明になって事故っているのではないか」という憶測が始まり、最終的には従業員同士の電話での伝言を経て「足場の屋根から落ちて頭を打って重体」ということになっていました。同僚のサキちゃんは私が「足場から落ちて頭が血だらけになっている」と電話で聞いて青ざめたそうです。
そんなことも知らずに私は携帯の電源を切ったまま自分の事務所に着きました。事務所に入ると先輩が「お客様にお団子をもらったから一緒に食べよう」と声をかけてくれました。お団子大好きなので1本いただいて、椅子に座って食べ始めました。
上司と先輩と3人でお土産をくれるお客さんっていいなという話から上司の嫌なお客さんの話になり、オチで爆笑していたら総務の武藤さんから事務所へ電話がありました。
電話は机で作業していた上司がとったのですが、武藤さんが緊迫した様子で「猫野さんの容態はどうですか!?」と聞いてきたので「団子を食べながら笑ってます」と戸惑いながら答えていました。
労災が使えない理由
その後、事務所に帰ってきた上司に今日の出来事を話すと「労災を使っただと!?」とめちゃくちゃ驚かれ、ベテラン社員全員に「これだから素人は」「アホ」「ご愁傷様」などと声をかけられました。
勤務中にケガをして病院に行くことの何がいけないのか全く理解できなかったので、「何かダメでしたか」とたずねると上司は目を見開いてこう言いました。
「労災は使えるけど使ったらあかん。絶対に使ったらあかんのや」
その理由は、うちの会社には「創業以来労災がゼロ」という輝かしい歴史があり、その長い歴史を終わらせた社員は一生出世できないからというものでした。
そして上司は過去に仕事中大怪我をしたにもかかわらず、退社後に病院に行ったことを誇らしげに語りはじめました。それを聞いた他の社員は「さすがです」「社会人の鏡」と褒め称えていて、私はその洗脳具合に唖然としました。
どんな事故か詳しく聞いてみると、横断歩道を焦って渡ろうとしたら「自分の足がもつれて回転して足をくじいた」というもので、「なんか一緒にされたくない」と感じました。
労災が使えない空気の危険性
その後「迷惑をかけたのだから謝りに行け」と言われて○○支店へ行くと、その支店で働いている同僚のサキちゃんが待ち構えていました。
サキちゃんは本気で心配してくれていたみたいで「傷を見せて」と言われましたが、上司に「しょうもないケガ」と散々罵られた後だったので見せるのが恥ずかしく感じました。しかし、サキちゃんは「女性の顔に傷ってたいしたことあるよ!」と言ってくれて、傷が残らないといいね、と優しく声をかけてくれました。
その後総務の武藤さんにも「大丈夫だった?」と声をかけられましたが、かなり精神的に消耗した様子で武藤さんのほうが大丈夫じゃなさそうでした。
武藤さんは本社に労災が起こったことを報告した際に「何でこうなった」と責め立てられたそうです。
「病院に行くほどのケガなのか何故確認しなかった」「どう責任取るつもりだ」と怒られ、私を心配する言葉は何一つ言わないので「この会社の上層部は人としてダメだな」と感じたそうです。
その話を聞いて「これが労災が使えない空気というものなんだな」と感じました。
こんな空気を会社の人間が出していたら仕事中のケガを隠そうとする社員がいても不思議ではありません。
労災とは本来、労働者を仕事中のケガから守るものです。
労災ゼロという目的が先行しすぎてしまうと「社員が労災を使いたくても使えない」という状況を作る危険性があります。
労災を起こさないための原因と対策
労災が起こった3日後に「二度と労災を起こさないために」という名目で緊急会議が開かれました。
先輩や上司には「クソ忙しい時にこんな会議する原因を作りやがって」と文句を言われ、私の現場に関わった足場屋さんや親方さんも呼ばれて針のむしろ状態でした。
会議では一番前に座らされ、皆の前で「どうして足場に入ったのか」と聞かれました。本当の理由は親方さんに急いでいるからと急かされたからなのですが、労災の原因に関わったとバレたら親方さんはクビになるんじゃないかと心配になりました。
親方さんを横目で見ると頭を抱えて小さくなっていたので可哀想になり、「ちょっと急いでいて入ってしまいました」とかばう言い訳をしました。
質問をした上司は深い溜め息をつきながら「つまりこれは猫野さん個人による怠慢が招いた事故だ」と締めようとすると、部長が「待った」をかけました。
部長は「ヘルメットをしなかったのはよくなかった」としながらも、ケガをした場所は勝手口の近くでお客様も出入りする可能性があったのだから、簡単に出血するケガをさせる足場にも問題がある、と言いました。
足場屋さんは自分にトバッチリがくるとは思っていなかったようで、ビックリしていました。部長は「これからは足場の通路に出ている爪は全部クッション性のある養生を巻くように」と指示しました。
労災を二度と起こさないためには、個人に責任をなすりつけるだけでなく、起こった原因を取り除くことが大切なのだと実感しました。
結果的に私は「足場に入る時はヘルメットをかぶる」という規則をやぶった親方さんをかばう形になったのですが、その後も親方さんはいろんな現場でトラブルを起こしていたので、下手に相手をかばうのもいけないなと感じたのでした。
大きな事故を防ぐために
労災の報告は必要
労災が使えない空気を上司や会社が作り出すと、従業員が大きな事故でも隠そうとする原因になります。
労災が起こらないようにすることは大切ですが、起こったことをなかったことにするのは絶対に間違っています。
「労災を起こしたから出世できない」という風潮もおかしいと思います。労災はどんなに気をつけても、人間が作業している限り起こる時は起こるからです。
横断歩道で足をくじいた上司はしばらく足を引きずって歩いていたそうです。幸い上司の足に後遺症は残りませんでしたが、ケガをしたのに労災を使わず体に後遺症が残ったら損をするのは従業員です。
労災が使えない暗黙のルールがあっても、会社としては「勝手に報告をしなかった」と言って簡単に切り捨てることができます。
「使えるけど使えない労災」という会社は間違いなくブラック企業なので、自分の身を守るためにも転職したほうがいいです。
従業員の労災隠しを防ぐためには、「どんな小さな労災でも報告することは悪くない」という空気を作ることが大切です。労災隠しに協力するのは何も得がないのでやめましょう。